2009年12月05日

暴力とはどういうところから来てる力なのか

暴力とはどういうところから来てる力なのか

主観的なものかもしれないが、きっと原因は
あるはずだ。

暴力の向けられる相手は、自分より弱いものと
いうことは、暴力は自分が強いぞという主張
なのだろう。

なぜ主張するのか、相手に対して口で言っても
わからないから、力でわからせるということに
なるが、口でわからないことはなぜ暴れること
になるのか。答えとしては、それしか手段が
ないからということになるが、



これは、みんながみんなそうだとは言っていない。
そうなる場合が多いと僕は思っている。

僕自身も経験がある。

暴力が悪いと言い切れない場合だってあるだろう。
しかし、暴力と名前がつけば悪いことになる。

どこからどこまでを暴力というのかも主観的に
なりがちだ。

事を解決するのに法律を使うか、法律という
暴力を使うか、はたまた、言葉を使うか、
言葉の暴力をつかうか、とにかく暴力がつく
となにか理性を失ったという意味をもたらす。

あさり貝を買ってきて塩水につけるのは、
貝を開かせるためだとは、ご存知だろう。

だが、知らないととても苦労する。
爪でこじあけようとして、爪が欠けて
しまったりして、キレるかもしれない。
キレて貝を硬いものでつぶしたりする
かもしれない。もうこれは料理では
ない。傍から見れば、何か狂ったように
も見えるかもしれない。

これも暴力だろう。貝に対しての暴力
だろう。

ちょっとたとえが貧弱で、申し訳なかったが、
僕らは時に理性を失い、暴れたりする行動を
とることがあるかもしれない。

貝の開け方を知っていれば何でもないものを
そこまでしなくてもいいのに。

ある意味、暴力とは自分が無知ですよと公言
しているようなものだと思う。

相手の特性、特質を知らないばかりに自分の
手段だけで事を収めようとしている。

もっと相手の特質、特性を理解していける
心が先に出れば、暴力に訴えることも少なく
なりそうだとも思う。

だから、僕はキレそうになった時、いつも
思う。あ、俺、キレかかっている。手を出そう
としている。自分の無知さ加減を証明しようと
していると。

知恵がないなあ、まったくと10回のうち7回
ぐらいは思うことができている。

posted by りゅう at 09:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 暴力 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする